【第15回】制戒(Yama)の内容を具体化してみる

Yama(ヤマ)5つの定義をもっと見てましょう!

 

No.1 “非暴力(Ahimsa)”というヒンディー語・サンスクリット語の言葉があります。これも、第1の制戒(Yama)の中に含まれています。不殺生もしくは非暴力の精神は、インド独立の父・マハトマガンジーが実行していました。ガンジーも、正に真実のみを語るヨギーだったのです。当時のイギリス統治時代に、兵隊を率いてイギリス兵に武力対抗をしたのではなく、無防備で対話によるものでもなく、ヨガの非暴力でインド独立を果たしたことは歴史上の事実として知られています。全ての生き物を殺さないこと、生き物を害さないこと。これが、Ahimsa(アヒムサー)の力です。

No.2 “真実”という言葉は、サンスクリット語で”Satya(サティヤ)”と訳されます。インドの宝石ブランド名で、Satya Jewelryという名称があります。言葉も、心も、事柄の通り(ヤタールタ:Yathartha)であること。見たとおりに、感じたとおりに、推理したとおりに、言葉で語り、心で考える、悟ることであります。言葉の重みは、真実につながります。言葉が真理によって、述べられたものであるならば、それは真実であります。嘘をついてはいけない!ということであります。

聖書の中に、神の御言葉は真理である!と記載がされています。人を励ますために語られる言葉、植物や動物を生かすための言葉、人を騙すために語られる言葉も、偽善の言葉も、それは真実になります。そのため、言葉はどれほどの信憑性があるかによって、真実に変わってしまうことがあるのです。
(※米国による歪曲された真実や不都合な真実は、好きではありませんが。)

話がズレてしまったので、元に戻しますね。

No.3 “不盗”という言葉は、”Asteya(アステヤ)”=盗まないということです。盗むという行為は、何らかの物品を他人から奪って自分のものに所有することであります。仏典には、不偸盗(ふちゅうとう)と説明がありまして、人が与えないものを盗ってはいけないという教えです。仏教とヒンズー教の教えが類似していることも、ここから窺えますね。

No.4 “不婬『ふいん』(Brahmacarya:清らかな行い)”ということを説くが、夫婦もしくは彼氏・彼女の男女関係を乱さず、壊さず、交友関係を大切にすることであります。しかしながら、日本では芸能人による不倫関係が後を絶ちません。妻子持ちの旦那が、不倫相手の発覚した後には、メディアから大きく叩かれます。日本における不倫の文化は、結局のところヨガの精神に反していることが分かります。文字通り、淫らな行為をしないこと、人間の道徳心として大切なことです。

No.5 “不当に所有しないこと”=(Aparigraha:アパリグラハ)があります。財産や物品に対する不当な所有欲や執着心を持たないことが説かれています。自分に自信がない人は、着飾るものを全てブランド品で固めようとする人がいますが、この不当に所有してしまっているために、見栄や自己顕示欲が強すぎる傾向にあります。生きて行く上で、不当に所有することは避けた方が良いですね。

この様に5つの戒律を守ることが、Yama(ヤマ)の精神になりますので、覚えておきましょう!

本日はここまで!

Love&Peace,

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【第14回】ヨーガスートラの教典より

座学だけでなく、ヨーガには実践修行が必要になってきます。

ヨーガの諸部門(yoganga)を毎日の生活に取り入れていくと、次第に不浄(汚れ)が消滅してゆくから、智慧の光が輝くに至り、遂には弁別の叡知(vivekakhati :ヴィヴェカカーティ)が現れてきます。

さて、以前もヨーガには次の八支則があることを、お伝えしました。ヨーガの八部門(八実修法)とも言われています。
1.制戒(Yama) ヤマ
2.内制(Niyama) ニーヤマ
3.坐法(Asana) アーサナ
4.調息(Pranayama) プラヤーナマ
5.制感(Pratyahara) プラティヤーハラ
6.集中(Dharana) ダーラナー
7.静慮(Dhyana) ディヤーナ
8.三昧, 悟り(Samadhi) サマーディ

ヨーガとは心の統一をを成すことであり、「ヨーガ・スートラ」においては、『心の働きを止滅させること』です。従って、外部環境による束縛や呪縛などのカルマからの解脱を目指すことになり、さらには内的な心の動揺を鎮めなければならない訳です。
平静の心・静寂の心
を持った正に日本の僧侶の様な“無欲の状態”を作り出すわけです。
現代社会において、無欲の状態を作り出すのは正直難しいですが。

元来のヨーガという意味は、『努める』という意味だったそうです。ヨギーやヨギーニは、閑静な場所を選定して、木の根元や森林の中で座って、パドマアーサナ(Lotus pose:胡坐のポーズ)を基本に脚を組んで、呼吸を調整して心の散乱を防ぎ、五官を制して誘惑を避け、さらに進んで心の集中に移らなければなりません。

ヨギーやヨギーニの実修法として:
第1に、制戒(Yama)ヤマとは、①不傷害・②真実の言葉・③不盗・④不淫・⑤不当に所有をしないこと。
第2に、内制(Niyama)ニーヤマとは、内外の清浄と不浄を苦行と学習と主宰神を専念することで、精神を統一する修行に入ります。第3に、坐法(asana)において、尾骨や座骨を地面にしっかり固定して、安定した座位を長時間に渡り、瞑想に浸ります。
第4に、調息すなわち呼吸の調整(Pranayama)によって呼吸を支配することです。
第5に、制感すなわち感官の抑制(Pratyahara)によって、諸々の感覚器官を意識対象から離していきます。
第6に、心の集中すなわち深い無想に耽る(Dharana)によって、心を一ヶ所に結合させていきます。
第7に、静慮(Dhyana:禅定)によって、静観・内観する対象に自分自身の観念を一致融合させていきます。
第8に、三昧・悟り(Samadhi:等持)によって対象のみが輝いて、心自体は空の様になりますので、悟りを開いた状態になります。
(※サムライヨガ哲学においては、ここに”Love注入”をします!)

これがよく言われるアシュタンガヨガの八支則ですね。

ちなみに、シャンカラに帰されているある書では、ヨーガの構成要素または構成部分(aniga)を15の分類に仕分けされています。
では、+@となっている7つの要素をご紹介しましょう。
第3に、捨離(tyaga)です。断捨離をご存じかと思いますが、不要なものを捨てる技術ですね。
第4に、沈黙(mauna/manas)です。口は災いの元という諺がありますので、言わざる🙊を訓練することも必要であります。
第5に、適当な場所
第6に、適当な時間を自分自身で見つけ出すこと。
第8に、根本を縛ること(mulabandha)です。7チャクラの1つ目のムーラバンダ(骨盤底)で、骨盤底にある箇所に集中させることです。
第9に、身体の平衡(Dehasamya)を保つこと。平衡感覚を養うことは、人間の脳にとっても良いことです。左脳と右脳を交互に使うことが良いと脳科学で実証されています。右打ちと左打ちで、身体の右半身と左半身を上手に使い分けられます。
第10に、視力の安定(drksthiti)を保つこと。人間の五感の中で最も大切な感覚器官は、眼です。眼の健康を保つことは、日常の社会生活を営む上で、大切な要素ですね。

以上の、既存の八支則に+七つの要素を足すことにより、合計15の要素から考慮すべきだということが、シャンカラに帰されている書物の中に記されています。

本日はここまで!Danyaward,

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【第13回】バガヴァッド・ギーターの教え (その1)

今回は、バガヴァッド・ギーターの教えからです。

ヨギーと言えば、ヨガを行う男性の事を指しますが、修行や苦行という文言も関係をしてきます。まず、”苦行”を”タパス”とサンスクリット語で、言います。

ヨーギーまたはヨギーニは、全ての行いをヨガの実践で取り入れていきます。自己助力が大変必要とされ、感覚器官を通して行為・行動を正しいものでも、誤ったものを見ても、人間は行動に移してしまいます。

プンニャカルマ“は、正しい行為であると聖典で名義づけられています。そのプンニャカルマをヨギーは取り入れて、自身の心を抑制・支配することが重要になってきます。日光東照宮に訪問の際に、木彫像に描かれている三猿は、『見ざる・聞かざる・言わざる』で有名ですが、「幼少期には悪事を見ない、言わない、聞かない方がいい」という教えであり、転じて「自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かない方がいい」は、プンニャカルマの考えでもあり、インド仏教の教えから来ていると考えられます。

話すことで悪い印象や現象を作り出します。一説によると、99%の問題が自分の誤った言動によるもので、人格を作り出します。口を制御することは、己自身の欲望や自己中心的な行動を抑制することができます。Monnaに変化します。では、Monnaとは何でしょうか?

ヨギーは、自らの全人格・人生を操作することができます。英語でこのように言うそうです。(I came alone and go back alone. One day I will leave alone.) ヨギーは、相手に何かを伝える前に2回繰り返し考えてから、言葉を話す人格を身に付けています。

相手に真実を伝えることで、相手の心を傷つけてしまうことがありますが、多くのヨギーは聖典に基づいて、行為を行う傾向があります。ヨギーは、悟りを開いても全て意識的であります。特に、インドに独特の風習を持つジャイナ教の信者は、常に意識的に行動を行います。何かビジネスプランを計画して、行動するビジネスマンとは、異なります。

ヨギーは、呼吸もコントロールすることができます。それが、”プラーヤーマ”です。生理機能は、残念ながら普通の人にはコントロールできません。しかし、生理機能をコントロールしたいと考えるのであれば、2つの方法があります。
1.肉体上の耳をコントロールすること
I-phone, I-podやMusic playerなどで耳を塞ぎ、常に新鮮な音楽や好きなアーティストの情報を入れて、外界からの雑音をシャットダウンしてしまう。→三猿の”聞かざる”にあたります。これにより、約50%のコントロールが可能です。

2.肉体上の眼をコントロールすること
誤った事実や現実を見ないことが必要です。ホラー映画などを見ると、幽霊や非現実的な恐怖を実感してしまいます。悪い事件を目撃してしまうと、悪い過去の記憶が蘇ることは十分ある訳です。よって、誤ったものを見ないことが大切です。→三猿の”見ざる”にあたります。これにより、約50%のコントロールが可能です。

アートマ・サンヤマ・ヨーガ”は、自己制御のヨーガと言われており、Self-control Yoga(自己コントロールのヨガ)であり、ヨーガ・アグニ(ヨーガは火である)とも表しています。

Agni means fire (※Agniとは、火のこと。)
Deepa means lamp (※Deepaとは、ランプのこと。)

Diwali情報 in 西葛西の恐竜公園

上記のディワリのDeepotsavの告知は、キャンドルの火を表しています。よって、キャンドルの火は、ヨーガの火でもあると考えられます。無知(Ignorance)=Avidyiya(アヴィディヤ)は、多くの誤った行動や欲望を齎してしまいます。カーマ(Kama)は、欲望を示唆しますが、カルマ(Karma)は、行為を意味します。よって、人生というのは、インド哲学で”Avidyiya Kama Karma(無知からの欲望による行為である。)“と名付けられています。インド人の瞑想的、思想的な性格や行動学が含まれています。

では、なぜ、人間は恐怖を抱くのでしょうか?
答えは簡単です。先程言及した無知(Ignorance)から、来るものです。人間にとって、一番の恐れは”死”であります。プラーラヴダカルマは、肉体が縛られており、私達のあらゆる行為は全て無知から来ているとされています。既知なこと・無知なことに関わらず、人間は無駄な行為を行っています。

知識が全てのカルマを燃やします。無駄な欲望を燃やします。他にも、カルマの種類で、サンチタカルマアーガーミカルマが含まれていますが、悟りを開くことで目覚めることになり、カルマからの解放があります。仏陀は、正にカルマを解放し、夢から覚めた人という意味になります。

自分の行為の源は、何になるのか?という疑問があります。
それは、知識から成り立つものである。と考えられています。ヨギーが数万いたとしても、全てのヨギーが全て同じ方法でヨガを実行する訳ではありません。瞑想で脳と心の健康を保つ人もいれば、アーサナで体を動かすことで健康を保つ人もいます。また、マントラを絶えず口ずさみながら、ヨガを生活に取り入れている人もいます。

ブラッヴィヤは、物品のことであり、ご本人の財産のことでもあります。”ブラッヴィヤ・ヤッギャーハ”は、自分の富や財産を使って、地域社会や慈善活動に役立たせて利用することです。お金を持っていると、類は友を呼ぶという諺があるように、お金の恩恵を預かりたいと考える友達が集まってきます。友達になりたいと思い、友達が作れます。

しかし、これは気を付けなければ、いけません。なぜなら、日本語でも”金の切れ目が縁の切れ目”という諺があるように、金銭や物品目的で近寄ってくるから、お金が無くなると去って行く可能性もあるからです。悲しいことではありますが、これも現実にあることです。”義理と人情” “友情と愛”を大切にして行きたいものです。

Respect the power of “LOVE”,

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【第12回】思考と意識の違い

思考は英語で、Thought。意識は、Consciousnessと訳されます。

Thoughtである思考は、脳内で流れ続けているシナプスのようなものである。脳科学的にも、シナプスの流れが速く行き交うことが、活発な思考力を齎すことになります。

Consciousnessである意識は、潜在意識と顕在意識に主に分かれます。
よく水面から浮かぶ氷山に例えられますね。水面から突き出しているのが、顕在意識です。水面下に隠れている潜在意識は、創造的な洞察力や直観力の無限な宝庫でもあります。意識全体の9割を占めています。(詳しくはこちらのウェブサイトへ)

Awakeningは、思考が目覚め始めていること。今起きているということ。
Sleepingは、思考が一時的に止まっていること。
Dreamingは、眠っている間にも思考が機能している状態で、夢を見ていること。潜在意識の力も関わり、通常の思考力の1000倍も速いことが判明しています。夢の中では、現実世界で未達成な出来事が主に出てきます。

眠っている意識は、UnconsciounessもしくはUnawarenessと訳されます。
起きている意識は、ConsciounessもしくはAwarenessとなる訳です。魂は同じ道を通っているが、自己のエゴ意識は起きている時の方が、強いのです。

人間は、自身で考えるという思考を実行してから、言動をするという行動をしているかのように、理解しているが、実際は違うのである。先に何かを行動してから、その後に思考するという順序がプロセスとして行われます。

欲望のある行動をおこなうことは、人間的な生命活動を行っています。しかし、瞑想を行うことにより、欲望のない行動へと移り変わっていきます。これを、unselfish action (欲望の無い行為)と例えられており、自己努力によって到達することが可能です。これが、悟りの道へと誘うものです。英語で、Enlightmentと言います。

ここで、悟りを開いた仏陀(ゴーダマ・シッダールタ)を例に取ってみましょう。釈迦は、元来貴族階級の貴公子として生まれ、何一つ不自由なく豪遊生活を営んでいましたが、ある時、知り合いの男性の奥様を自分のものにしたいがために、旦那さんを殺してしまいます。宮殿内で豪遊生活をしていた釈迦は、自分の過ちを犯したことに悔いを改め、ある日過去の苦い経験と記憶を背負ったまま、出家をします。悟りを開いたのは、出家後の菩提樹の下で瞑想期間に入った時だと言い伝えられています。悟りを開いた者は、『サマーディ』の段階を得た究極のヨギーである訳ですが、過去の誤った経験に負い目を感じて、反省と回帰の思いを抱えており、恥じた行為を、現在の正しき説法や説教を行う賢者へとなるのです。

その一方で、Foolish people(愚か者)は、過去に実践した自身の成果や功績を自慢し続けては、常に横暴でかつ傲慢な行為を人間的性格に染み込ませてしまっています。ゆえに、見栄とプライドで、凝り固まってしまっています。

話を変えましょう。この世の中には、『原因と結果の法則』が存在しています。皆さんも聞いたことがあるかと存じますが、悪い原因には、悪い結果が生じますが、良い原因には、良い結果が生じます。例えば、
1.卵なくして、鶏が突然現れることはない。
2.種なくして、木が大きく育つことはない。
3.雲が無くして、台風による雨が降ることはない。
4.人間は翼を持っていないので、空を飛べることはない。
というように、単純な考え方ですが、原因がなければ、何らかの結果は生まれてこない訳です。これは、前回のカルマ(輪廻転生)の理論に通じてきますね。

思考は、欲望や行為の思いから生まれてくるものですから、Thought(ヴリッティ)とConsciousness(チェータナ)という正しい知識と経験から得られて、それが思考力に繋がってくるわけです。Dream(夢)は、Sub-consciouness(潜在意識)から生じるもので、現実世界で叶わない欲望があり、それを叶えたい意識が脳内で思考されるため、夢に出て来るのです。睡眠中も、思考は動いているのです。

夢に出て来るものには、ネガティヴフィーリングから来る感情が多く、恐怖・心配・嫉妬・妬み・支配的欲望などが起因すると考えられています。Comma(昏睡状態)には、Brain Dead(脳死)と判定された人間の容態は、思考の意識は無いものの、人間の生命活動は続いている状況です。

死とは、思考が停止し、肉体が滅び、魂の灯が消えて無くなった状態を、通称”死する”と判断しています。肉体的意識は止まっていたとしても、脳内の思考が動き続けている限り、それは”死”とは判断されません。”生”と判断されます。

悟りとは、Knowing myself(自分自身の運命・天命をしること、異次元世界と繋がること)であり、先見の明を得ることとは相違があります。先見の明を得るのは、科学者や政治家、スポーツ選手、アナリストの様な職業を持している方々を言います。悟りの賢者は、Consciouness(意識)とPrusharutha(プルシャアルタ:自己努力)によって、悟りの道を開くことが人間には、できるのです。

ということで、本日はここまで!

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【第11回】Karthika Masa(カーティカ・マーサ)について

Karthika Poornimaとは、何だろうか?

上記の英語は、カーティカ・プールニマと読みますね。Karthika(月の名前)が、Poornima(満月)の状態を表すことを意味しているそうです。

よって、昨日11月04日(土)は、Karthika Masa(満月の日)ということになります。また、Krithika(クリティカ)を昴(スバル)と呼ぶそうです。ここ1ヶ月で、主宰の人々は、たくさんの苦行を実施する時期だそうです。

では、どんな苦行を行うのでしょうか?

苦行を行うヨギーで知られている連中がいます。

サドゥー(苦行僧) と呼ばれる究極のヨギーです。

瞑想をずーっと日中していたり、断食をしたり、不眠の状態で日々を過ごしたり、30日間喧嘩を一切しない。日の出前に起床をして、日の出前に沐浴(モクシャ)をし、日の出で太陽神を礼拝する。そして、毎日新しいことを学ぶことが、苦行にあたるわけですが、魂を探す道(パンチュカ)を学ぶように両親からも教えられるそうです。健康状態が悪い方は、最後の5日間のみ沐浴を行うなど、決して拘束と束縛により、強制ではないようです。

カルマ(輪廻転生)プルシャアルタ(自己努力)について、話を変えます。

カルマ(輪廻転生)は、前世の時点で過去に決定したものであり、自分自身の努力では変えることができません。代表的なもので、『プララーヴダカルマ』があります。
これは、生まれた時から死ぬ時までの一生の期間で終わることです。例えば、ご自身の苗字と名前は、自分が選ぶものではなく、両親から決められた姓名を一生名乗ることになります。生まれる前から決定づけられている訳です。また、日本人として生まれて、日本で教育を受けた以上は、自己認識は変わらない、誕生地と死を迎える地は、予め決定されているのです。身長を変えられないが、体重なら日々の食生活で変えることができます。

思考の範囲で届く所までは、意思(Will)によって変えられるが、思考の影響が届かない所までは、変えることができません。例えば、両親や血縁関係が該当します。

プルシャアルタ(自己努力)は、自身の努力によって、運命を変えることができ、仏陀が得られた思考の世界を変えることにより、悟りを開くことができる可能性もあります。私は賢者になる(I can be a wise man.)と決心したのであれば、その通りに自己イメージを変えることはできるのです。

最終的に、思考を自身でコントロールすることが出来れば、自分のカルマも変えられることができるようになるのです。しかし、カルマでは、誕生する時と死ぬ時は、全ての人々に、各々に時間が決まっています。期間が決まっているのです。しかし、ヨガの八支則であるYama(ヤマ)によって、延命もできるのです。
基本的にカルマを変えることはできませんが、アスティリティ(苦行)によって、魂が磨かれて、洗練されていきます。数多くの経験値と賢さを備えたご老人たちが長生きしている一方で、若気の至りや知識・智慧の欠如により、若者やキッズ達が先に命を絶ってしまうことも、よくある話であります。

そんな時は、“ガヤトゥリーマントラ”もしくは“マハーヴリッティユンジャヤ・マントラ”が有効なのです。

マハーヴリッティユン・ジャヤ・マントラは、死に勝つマントラ!と言われて、生命の危険や人間の欲望から逃れるための手段として使われます。

Om Tranyabakan Yajyamahe Sugandhinpushiti valdana~n
Ova Kamidavandana~n Mucho Mukushiya Mamurita~
(×2回)
OM Shanti, Shanti, Shanti~

(※確かインドでグルジから学んだマントラは、こんな感じだったかと?笑)
最後の箇所は、神様!100%マントラのチャンティングを知っている訳ではありません、どうぞお許しください。という意味が込められています。

尚、マントラとは、薬品を使わない心の薬のようなもので、効用を知っていれば、よりよく効果を高めます。悟り者だけが、正しいマントラの*チャンティングを唯一できる賢者とされています。修行者は、とにかくマントラを繰り返し実践してみましょう!(*チャンティング:歌を謡うこと)

ということで、本日はここまで!

Love&Peace,

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